俳句とは?

1.こどものことばのあそび -- 俳句 --

お子さんの言葉に、びっくりしたり感動したり、将来詩人になるのでは?などと思ったことがあるでしょう。

このことはとても大切つなことですよ・・・。

 

子供はだれでも生まれついたときには詩人なのです。

予知能力もだれもが備えているそうですが、日常生活の枠に社会の枠に組み込まれて常識的になっていき、ほとんどの子供たちがその能力を消滅させているそうですね。

 

子供のような心に戻りたいという希求はだれしもが思っているところでしょうね。

俳句のプロたちも何十年もかかって俳句を創作し続けた後に、たどりつくところは子供の心を取り戻したいというのです。

もちろん50歳には50歳の人生の厚みを60歳には60歳の人生の深みを備えてはいるのですが、天真爛漫な子供の心に戻りたいのです。


分け入っても分け入っても青い山   山頭火 (「青い山」 夏)

我ときて遊べや親のないすずめ    一茶 (「すずめのこ」 春)

牡丹散って打ち重なりぬ二三片    蕪村 (「牡丹」 夏)

父母のしきりに悲し雉の声       芭蕉 (「雉の声」 春)

 

これからの話は、いまお子さんをお持ちの親御さんが、無垢の子供の心を文字で残し、ちびっこ詩人、俳人を誕生させましょう、というものです。

 

それはとてもカンタンなことで、子供の成長にとても大切なことなのです。

子供の言葉は、ストレートで分かりやすくやさしくざんこくであり、感受性を裸の言葉で投げ出します。

大切なのはそれを親御さんが理解することでしょう。それもカンタンなことですよ・・・。

 

どのくらいカンタンなのか、ひとつ例をあげてみましょう。

2.俳句らしいもののできかた

お母さんと女の子が散歩していました。その時のことです。

お母さんと散歩、柿がいっぱい見えた。

⇒食べたい

⇒田舎からおくってきた柿と同じ

⇒おばあちゃん

⇒会いたいなー

⇒いつもほめてくれた⇒

「赤い柿おばあちゃんに会いたいな」

「お母さん柿を買って帰ろうね」


お母さんと女の子が散歩していました。その時のことです。

⇒柿が光ってる

⇒空が青いな?

⇒お母さんと二人だけ

「お母さんと手をつないでまっかな柿」

「まっかな柿が浮かんでるよ青い空」

「木にいっぱいの赤い柿だれが食べるの」

 

これが俳句です。えっと思うかもしれませんがそうなのです。カンタンなのです。

これが素晴らしいのです。

さて、この俳句の中にも大切なポイントがひとつあります。それはなんでしょう?

「      」の俳句の中に共通しているものを探してみましょう。

・・・・・・それに気づいた人はすばらしいですね。それは「柿」でした。えっとまた思われたでしょう?

カンタンすぎると思うかもしれません。


でも、このことをいま世界中の子供たちが学んでいます。それは日本の俳句という文芸で子供たちの将来を豊かにするためです。

「自然と友達になる」ということです。


残念ながら西洋やアメリカは、自然を征服することで人間が豊かになるという歴史をたどってきました。これらの国の人は、なぜ日本人が「あかとんぼ」「せみ」「ちょうちょ」を聞いたり見たりして感動するのか分からないようです。「虫」の一つだから、「ごきぶり」「蛾」と同じに気持ちが悪いみたいですね。

3.日本は自然と共に生きる道をあゆんできました

虫の声聞こえなくなったねお母さん    (「虫の声」 秋)

すず虫は私が寝ても鳴いてます      (「すずむし」 秋)

夕立だぼくには今日はかさがない     (「夕立」 夏)

うれしくて犬が走るとばったとぶ      (「ばった」 秋)

うぐいすがうちの清水を飲みにくる     (「うぐいす」 春)

先生の投げた小石できり晴れる      (「きり」 秋)

ぼくの長ぐつのあと雪の上一列      (「雪」 冬)

 

四季折々に子供たちが肌で感じたことを表現できたら、それはもう立派な日本の心を受け継いだ俳句なのです。季節のものにたくさん触れさせて下さい。遊ばせて下さい。きっとお父さんもお母さんも小さいころを思いだすと、心の琴線に触れてくるものは、父や母のことであり、四季折々の食べ物であったり、友達や先生や、山や川や海や木々や花や正月やお盆や春雨や台風や、ひとそれぞれにたくさんあることでしょう。

それらはみな住んでいた家や隣人や町や旅行先のように、すべてが時間と空間とつながっています。そのつながり方はまた、自然と共生する日本人の心につながっていきます。

日本人の五感は、万葉の時代から累々と引き継がれ、そこから生まれた美意識は現代にも血脈として生きています。

 

さあそれでは一歩をふみだしてみましょう!

目に止まったもの⇒それは何かを感じたから見えたのです。⇒ちょっとだけ歩を止めてみてください⇒

 

いつもおこるお母さんの昼寝の顔やさしい    (「昼寝」 夏)

 

2010・10・13 如泉記